桜吹雪の中、佇む黒い影。
乱れる長い髪を風に遊ばせたまま、ただ茫と散り行く花を眺めるその影は、透き通るような希薄な気配と目に焼き付くような鮮烈な美貌をその身ひとつに同居させる、何とも不安定で危うい青年だった。
静かに舞う花びらを追って、その視線が下がっていく。風の流れる先を何とはなしに見やる瞳は、果たして本当に目の前の光景を映しているのか。
――否。
彼の見ている光景は、桜吹雪に重ねているのは、今はもういない、かの人の姿。儚く美しかった、幻のような面影。
物憂げに目を伏せ、そっと嘆息する。その心に潜む想いを隠すかのように、ざっと音立てて一際強く風が吹き、彼の周りに桜のベールを被せた。
「ますます爺ちゃんに似てきたな」
破られた静寂にするりと入り込んできた声に、青年は振り返る。
「……そう、ですか」
まさに思い浮かべていた人物の事を言われ、複雑そうに笑った青年の横に、声を掛けた方の青年が並んだ。
「ああ。たまに、目を離すと消えちゃいそうな雰囲気になる」
その言葉に、消えそうだと評された青年は、今度こそ微苦笑を浮かべた。
遠い遠い昔、同じように桜吹雪の中、儚く美しく、消えてしまいそうだったかの人を見ていられなくなって駆けて行った。今度は自分が、逆の立場になってしまったらしい。
「消えませんよ、今はまだ」
ふわりと笑う。蕾が花開くように。
「少なくとも貴方がいるうちは、消えたくない」
大きく見開かれた相手の目。胸が幽かに痛みを訴える。
昔の自分も、こんな表情をしていたのだろうか。
「……不意打ちでそんな顔するなっての」
ぼやいてくる親友には、自分と同じ思いはさせたくない。
そう思った青年は、ただ静かに桜を見上げた。